保険募集人の「幸福論」について考える<音声配信あり>
今日は、「保険募集人の幸福論」について考えてみたいと思います。完全にコラムです(笑)。私は、保険募集人は「幸福論」について考えることは大事だと思っていて、1年に1度くらいは、「自分にとって何が幸せか」を考えてみるといいと思っています。これはなぜかというと、私たちの仕事は、お客さまという、「他者の幸せ」について、触れる・感じる仕事でありながら、面談のときは、「不測の事態(=これは一般的には不幸に分類される)」という、幸福とは真逆の話を展開する仕事でもあるからです。
2026年も上半期が終わるわけですが、少しだけゆるいテーマで、「幸福論」について考えてみましょう。
ということで、今日のお話は完全にコラムなので、有料会員さま無料会員さま皆さまがお読みいただけます。以下サイトで音声で聞くことができますから、ぜひ音声でも聞いてみてください。
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では、本題です。今日のテーマ「幸福論」ですが、「いきなり、椎名林檎みたいなこと言うやん(私は大阪の人ではない)」と思われるかもしれませんが、私は「自分にとって何が幸せか」を考えることは非常に重要なことだと思っています。これは先にも触れたとおり、「お客様の幸せ」を思う(願う)を仕事でありながら、「不測の事態」という、不幸のマネジメントをする仕事でもあり、「何が幸せか」を自分で言語化しておくことは、保険という仕事をするうえでは大切な省みだと思います。
ところで皆さん、今、幸せですか?(笑)。こうして、改まって「問い」にされると、なかなか答えづらいですね…。私は47歳で募集人歴は18年目ですが、「何が幸せか」を深く考えることが増えているように思います。この、「何が幸せかを考える=幸福論」と考えると、当然に、その人それぞれの概念というか価値観にはなると思いますが、年を重ねるごとに共通の変容もあると思っています。
「幸福=快楽である」という考え方
20歳代、30歳代前半など若い方では、幸福とは快楽であるという価値観が「幸福度を測る」と、大部分を占めているのだと思います。私自身もそうでした。お金がある、美味しいものを食べる、好きな場所にいく、欲しいものを手に入れるというもので、こうしたものは、「わかりやすい」です。
40歳代を「慎重さ」としたときに、20歳代という若さを一言で表現すると、「勢い」とか、「未完成」であって、わかりやすいものを好むというか、わかりやすさで人生を推し進めていく時代でもあると思っています。特に、私たち保険募集人という仕事では、「稼ぎ」も分かりやすいですし、先輩募集人では、わかりやすく「お金がある」という方を目にする機会もあるでしょう。「手に入れる=幸福」と考えるわけです。
こうした「快楽」が心地いいというのは事実であり、収入がどんどん上がって資産を築いて「より快適な暮らしを手にする」というのは、間違った考え方ではありません。
重要なことは、幸福度を測ったとして、これをすべてにしないことだと思います。「お金とは、幸福の土台」をなすものであって、「際限のないマネーモチベーション」だけになってしまうと何かが崩れるというのも、また事実です。私たちの仕事において言えば、お金を稼ぐ(手数料を得る)ために何をしてもいいというわけではありませんよね。
大事なことは、「幸福=快楽」との付き合い方なのだと思います。この考え方は20歳代など若年層だけに限定するのではなく、すべての年代で意識しつつ、上手に付き合うことです。若さとは、「無」であり、手に入れるとは、「無→有する」に移行することであり、これを幸福と捉えがちであり悪いことではない。ただ、年を重ねて「有」になったときに、家族もいて、お金もあり、守るものができたときに、「何が幸せか」という価値観は変容していきます。
幸せとは「状態」であり、「意味を見つけること」
これは、私たち保険の仕事に限ったことではありませんが、30歳代中盤40歳代序盤になり、「無」の状態から「有」する状態になってくると、「存在の意味」を意識する機会が増えると思っています。
例えば、家族ができると、「親」のとして、家族を守るという養育の義務があります。これは、自分の存在が、誰かの人生において重要であるということです。また、お客様に対してもそうですね。保険の仕事をしていれば、保険金・給付金を届ける義務(ここは、あえて義務という)があります。それが、契約をいただくということだからです。
こうした、自分の「存在の意味」を考えていく時代に突入し、そして誰かの役に立つことで「幸せ」を感じる機会が増えてきます。どんなにお金があっても、技術を磨き、知識を身に着け自分の状態に満足できていないと、幸せではないということに気が付くのだと思います。
こうした「意味づけ」は人間特有の営みなのかもしれませんが、誰かに存在を認めてもらうことは、幸福論を考えるうえでは重要な通過点だと思っています。
本当の幸せとは、「らしさの実現」
私は47歳で、上記に述べたことまではある程度経験してきたつもりです。「幸せ=快楽」「幸せ=存在の意味」という考え方は誰しもが経験することではないかと思っていて、その中で大事にしたいことは、自分らしくあること。つまり、「らしさの実現」であると考えています。
快楽も、自分らしさを見失ってまでやると居心地が悪いですし、自分の存在・役割も、自分らしくないと苦しくなるでしょう。
私たちの業界で、50歳代、60歳代の方で、他人を気にすることなく、ただお客様のために「ひたすら仕事をする」という方を見かけたことはありませんか。本当に幸せそうな人は、他人と比較して上か下かではなく、「自分らしくできているかどうか」を突き詰めて、たどり着いた境地のような気がします。
幸福論は、突き詰めると「人は何を得れば幸せになるのか」ではなく、「どのような状態で生きることを幸せと感じるのか」という問いだと思います。
求めているものは、「自立と選択肢の拡張」
私は最近よく考えることがあります。いまの60歳や70歳の方をお話をお聞きすると、昭和の好景気からの激動・激変、そして、平成の失われた30年の中で、ビジネスを生き抜くことは大変だったろうなと思いますし、保険業界においても、ずっと継続してこの業務に携わっている方には、当然に尊敬の念が尽きません。一方で、今の若者世代でみると、令和の新時代では、AIの台頭で、生活が(ビジネス運営が)楽になるどころか、効率化とは無縁かのように多忙です。今の若者世代も、この微変の連続性が起きていくスピードについていくのも、同じく(か、以前以上に)大変なんですよね。
そして、これからの不確実性の中で、幸福とは特に重要なテーマだと思うということです。
お客様も含めて、私たちも求めているものは「お金」ではなく、その本質は、「自立と選択肢の拡張」であり、その道具として、「お金が必要だ」と考えていることでしょう。
以上ですが、書き始めたときは、もっと簡単に書けると思っていましたが、やはり難しいテーマですね(笑)。当然に幸福論は、人それぞれの価値観ですし、今回のお話も私の価値観かもしれません。中には「お金がすべて」という方もおられるでしょう。それはそれでいいのだと思います。
私たちに共通していることは、私たちは保険募集人・保険の関係者であり、「お金の相談を受けている」という事実であり、お金は、幸せを考えるうえでは重要な道具であるということです。
お金は大事です。二宮尊徳を引用しますと、「経済無き道徳は寝言であり、道徳なき経済は犯罪だ」というものが示すとおり、お金がないと、幸せ(これは大事な人を守るという意味を含む)の実現は難しいでしょうし、お金がすべてになることもまた違うのかもしれません。
皆さんもぜひ、自分にとっての「幸福論」を言語化してみて、手帳に書き出してみてください。
今日は、椎名林檎の「幸福論」がエンドレスループです(笑)。
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